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zoom RSS 混合玉石から玉をみつける 森瑶子「ふたり」(角川文庫)

<<   作成日時 : 2009/04/03 23:03   >>

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 疲れたとき、仕事にいきづまったとき、森瑶子の本に手が伸びる。森瑶子の小説がいいのは、文章の行間から息づかいが聞こえてくること。短編が多いから読みやすいこともある。雑誌に書き散らした短編を集めた『彼と彼女』(角川文庫)に収録されている作品「ふたり」を読み直す。タイトルの余白に、「山田詠美に似た作品あり」とのメモ書きがある。いつ書いたのか覚えていないが、わたしの字だ。わたしは本に線を引いたり、書き込んだりしながら読む。捨ててもいい文庫本には遠慮なく書き込む。
 売れっ子だった森瑶子は濫造作家だった。とうぜん佳作は少ない。森瑶子ファンのわたしは、混合玉石の作品から玉を見つけるのが楽しくて読んでいるところがある。「ふたり」は玉に入る作品だ。
 「ふたり」はショートショートの作品。こんな話だ。
 夕食後、退屈している妻と、雑誌を読んでいる夫がいる。倦怠期の夫婦に会話はない。夫が読んでいるのは雑誌の交際欄。
〈ボジョレを一本だけ持って、夕陽を見に行かない? 香港のリバルス湾とかマンダレーの夕陽といきたいところだけど、冬の湘南あたりで妥協するとして、数時間だけ、人生から逃避したい男性、私にご連絡下さい。私書箱――〉
 男の浮気心を誘う詩的に書かれた広告文に妄想をかきたてられ、夫は広告主の女へ連絡しようかと思っている。
 ネットがない時代には、こうした交際欄を載せる雑誌や交際専門誌が日本にもあった。優れたアメリカ文化のルポルタージュ、桐島洋子『さびしいアメリカ人』(文春文庫)には、著者がアメリカで見た雑誌交際欄の過激なコピーに目をむく下りがある、筋肉隆々のマッチョマン求む、といった欲望丸出しで伴侶や恋人の募集広告が並んでいるからだ。孤独でさびしいアメリカ人を象徴するエピソードである。
 なにを読んでいるの、と妻が聞く。同じ女でもどうして違うのだろう、妻はマンダレーの夕陽などという発想など思いつかないだろう、と思いながら交際欄に広告を出している女性のことを夫が話す。
 その女に会ってみたらと、妻が皮肉をこめて言う。
 いいのか、きみを捨てるかもしれない、じつはもうその女のためにワインを買っているんだ、と夫。
 倦怠夫婦の緊張感漂うなかでの気の効いた言い回し、センスのいい会話は森瑶子が得意とするところだ。うまいなあと思う。
 もううんざりだ、きみを見ているとむかむかする、と夫。
 その女も同じようにそう思っているわ、と妻が切り返す。
 そんなことどうしてわかる、と夫。
 なぜわかるかを妻が明かす。その交際欄は私が書いて広告を出したの、と。
 まいったね、と夫は用意していたボジョレを開け、夫婦でワインを静かに飲み始める。

 山田詠美の短編に「オニオンブレス」がある。これ珠玉の短編だ。じつはこの作品が「ふたり」のモチーフやオチに似ているのだ。小説の設定、構成も違っているし、似ているというのはわたし1人の思い込みかもしれない。参考のため「オニオンブレス」の粗筋を紹介する。
 場所はNYのクラブ、主人公は黒人の男女だろう。男がトイレへ入ろうとしたら、中から男女がからみあう気配と女のもだえる声、しかたなく入った女子用トイレの壁に男が落書きをみつける。
 目立たないように小さく書いてある。「あの人の臭い息(オニオンブレス)には我慢できない。誰か私を助けて」。
 男がそこに「きみを助けたら、ぼくのことも助けてくれる?」と書き込む。
 それから見ず知らずの男女がトイレの壁に交互にメッセージを書き込んでいく。
 女「もちろんよ。でも私を助けたいなら、最初に私の体を暖めなくてはだめ」
 男「寒いんだね。ぼくも寒いんだ。お互いに腕の予約をしないかい、ベイビー」
 男も女もトイレの壁を通して会話している相手をすばらしいに違いないと妄想する。その男女の叩き込むような心理描写がうまい。迫力がある。
 女が「いつ? いつ使わせてくれるの? 私は今、使い始めるわ」と書き、横にキスマークをつける。次の日、それを見て感動した男がキスマークに唇を近づけたちょうどそのとき、開いていた扉から女がトイレに入ってくる。2人が目と目を交わす。
 女が言う。「あんただったなんて……」
 トイレの壁に愛の言葉を書き込んでいた男女とは、倦怠期を迎えていた夫婦当人同士だったのだ。
〈彼らは数年ぶりに見詰めあった。言葉がなかった。二人は立ち尽くしたままだった。……。目の前で夫が泣いている。彼女は夫の肩に手を掛けた。「使ってみましょうか」その愛とやらを。夫は妻を抱きしめた。……彼の嗚咽と共に、やはり臭い息は吐き出され続けたが、料理の時に刻む玉ねぎの匂い程にも、彼女は気にならなかった〉

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